「むき出し」/ 兼近 大樹

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「斉藤もきっと見栄をはって、嘘ついて、自分の人生を何とか生きているんだ。そう思うと、好きになれた。俺も同じだぞって心の中で叫んだ。」

「斉藤と話したことを噛み締めて、一人じゃない、俺だけじゃないんだと嬉しくなる。」

「ダリィけどお願いされたら仕方ねぇ、と思いつつも喜んでいる自分がいた。

小学校の学習発表会でも主役じゃないと嫌だったし、幼稚園の頃も目立つ楽器を人に取られたらブチギレてたっけ。俺って結構ガキなんだな。」

「先生の言うことが間違っていても我慢するしかないんだ。」

 

「勉強も出来ないし、運動だって出来ない。でも気づいちゃだめだ。鈍感じゃないと狂ってしまう。だから不幸に気づかないフリをして、俺には特別な何かがあると信じて、俺はスゲェんだって、大樹のように逞しく生きていくしかない。」

「昔さ、当たり前に死にたいとか思ってて、死なせてくれない世の中に、何の為に生きなきゃいけねぇんだよってムカついたのよ。だってさ、ただでさえキチィ毎日なのに、世界にはもっと苦しんでる人がいるとか誰かがカッコつけてほざいててさ、俺は日本に住んでるし、俺の基準で辛いわけよ。その辛さって俺にしかわかんなくね?」

「なんで生まれたのか辿ってたら最終的に宇宙の始まり、つまりビッグバンだったのよ」

「ビッグバンは、どこから生まれたのか気になるべ?無から生まれてるんだぜ?」

「無から突如揺らぎが起きてビッグバンが起きたらしいの!じゃあ無はどこから生まれたのかというと、無は無から生まれたとしか表せねぇのよ!おもしろくね?」

「人ってさ、悩んで、迷って、変わっていくのよ。俺に出来るのは、自分の生き方を提示して、こんな生き方もあるよって知らせるくらいで」

 

「俺は、今日あった嫌なこと、楽しかったこと、自分の身に起きたこと、何一つ誰かと共有することが出来ない。分かり合える人が側にいない。仲間達は悪さばっかり繰り返して、話が合わない。それしか楽しいことがないんだと思うと、やめさせることもできなくて思考を止める。」

 

「泣き虫な俺は、泣いても泣いても一人。この空の下たった一人だった。同じ歳の人たちが夢を膨らませて日々を過ごしている悔しさ、生まれ落ちた場所を言い訳にしている自分への恥ずかしさ、早起きして作ってくれたママの弁当の前で泣いているふがいなさ、あのおじさんが食べられない弁当を前にして悩んでいる傲慢さ、この世界から疎外されている切なさ、どこにも属していないし、何にも溶け込めていない。俺がこの世から消えたって、この広くて眩しい空は上映され続ける。

 

孤独感に押し潰されて、どう膨らませればいいかわからない。」

 

「努力?才能?誰が教えてくれた?その道具はどうした?現実を知らねぇで楽しんでんじゃねぇ。こんな奴らが楽しく生きてる世界は気持ちが悪い。と日々イラついてしようもなかったのに、突如、俺も恵まれた環境で生きてきたんだと突き付けられている。未来から見える俺は、恵まれてムカつくんだろうか。誰かから見た俺は自由に楽しく、何のストレスもなく生きているように見えるのだろうか。「言い訳ばかりするな」。何度も聞いた言葉。その度に何も持たない可哀想な自分を哀れんだ。

 

全部やりたくないことから逃げる為の言い訳だっただろ?生まれの所為にしてたんだろ。じゃないと自分を保てなかったかのように。可哀想な僕を演じていた?」

 

「自分を正当化する為の言い訳をしていた」

 

「今までも何度かあった。何度も、何度も振り返るチャンスはあったと思う。後悔しては、神様に頼り、反省しては、忘れていた。昔からどっかで誰かが教えてくれていた。

 

ふざけた洗脳じゃなかったんだ。俺のために教えてくれていたのか?」

 

「調子こいてる奴は気に入らない。って俺と同じように、調子こいてる理由があったのかな。わかってあげられたのに、仲良くなれたかもしれないのに。

 

俺が求められるために、俺を強くみせるために、俺が得をするから、俺の交渉の武器になるとか。俺が俺が俺がって、俺だけだ。俺は俺のことだけ、俺の為に、俺だけが俺だから俺にしか俺が俺だ俺俺俺……俺の道しか見えていない。人生の道路は何本も敷かれていて、その道は、色んなところで交わっている。」

 

俺の物語だけが進んでいるんじゃない。誰かの物語に俺が登場しているだけだったりする。」

 

「俺は、反省したフリして、許された気になって、何度も罪を重ねてきたんだ。」

 

「敵、味方と勝手に決め付けて、相手の人生を蔑ろにしていた自分を少しでも好きになりたかった。」

 

「俺は、人に感謝なんかしていなかったんだと思う。だって色んな記憶をなくしているから。母は全くご飯を作ってくれないといつも思っていて、いつからか本当にそう錯覚してたけど、唐揚げもおにぎりも作ってくれた時あったんだよね。

 

仕事で忙しい中でも、お金がなくてご飯が買えない時も、母は、しっかり母をやっていた。俺は、自分が不幸でありたくて。そうすることで色んな人に構ってもらえるから、記憶から排除してたのかな。」

 

「小さい頃俺は、寂しかったんだ。ただ愛されたかった。その表現の仕方もわかないし、自分がどうしたいかわからなくて暴れていた。構って欲しくて、嘘を使い続けた。いつしかそれが当たり前になって、自分でもなにが事実かわからなくなっていく、兎に角不幸を演じれば、誰かが声を掛けてくれた。善と悪の判断が少しずつ出来るようになると、自分自身をも欺き、世界で一番可哀想な俺、可哀想なんだからこれくらいいいでよう?と悪事の許容範囲を広げていく、誰にもそれを咎められなかった。突出して目立てるものを持ち合わせていない俺は、正義を盾にした暴力で人を支配した。

 

それは決して公平ではなく、自分が得をする行動。

 

成功体験を積み重ね、自身を纏い、存在価値をそこに見出す。途中気づくこともあったよ。それでも唯一誇れる暴力がなくなると、俺には、何の価値もなくなると思った。

 

時間を、俺の我儘、認められる為の暴力で、擦り潰し、心の傷を負わせた可能性もある。その瞬間がきっかけで人生の風向きが変わり、不幸への道を歩き始めた人もいたかも知れない。」