自覚したら、即・直・行

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今はクリエーターとして恵まれていると自覚し、必死にやるしかないと腹をくくる。

僕はありがたいことに、まず名前があるんですよね。で、こうやって小説も出させていただける。今、自分が置かれている環境っていうのは、かなり恵まれてるっていうか、なかなかできないですよ。だから、機会をもらえる間は、どんなにしんどくてもやらないと、あとあと後悔するなって。だから、これは勝負ですよね。コケらんない。もう自転車操業ですよね。

そもそも人気が欲しいとも思わなくなってきた

このキャリアになってくると、あんまり人気うんぬんということに対してのモチベーションはなくって。若い頃は、横のライバルたちに比べて人気があるかどうかっていうのは、すごく気になったけど、もうさすがになくて。今は僕よりも、僕が作った作品のファンのほうが欲しいんです。もっと言えば、僕が作ったものを、別にあれもこれも見てほしいとは思わなくて。『<浅草キッド>がすごく好きで、数年に一回、見返すんです』っていう人がいれば、それだけで十分

別に読めとは言わないけど、何かあったときに、この本が何か一個でもあの子たちの支えになってくれたら、こんなありがたいことはないですよね。まあ、別に子どもたちに限らないけどね。この本を読んで、誰かの何かになってくれたらいいな、とは思う

もう最悪、僕が撮れなくてもいいから、ほかの誰かやってくれ、ぐらいのつもりで書いてるんです。『浅草キッド』も別に誰に頼まれたわけじゃなくて、勝手に脚本を書きはじめたところから始まってるんですよね。『できることはやる』っていうのが僕のモットーなので、書いて無駄になってもいいんで脚本を書いてます

うちの家族は興味ないんですよね、僕のことに。

さすがに子どもたちに自分に興味を持ってほしくないかと聞くと、「全然ないです」と即答する

『人生楽しいな』って思ってもらえれば、それでいいんで。僕が一緒にいるときは、なるべく楽しい時間であってほしいなと思ってる

僕に何かあったとしても、作品を通じて、僕が伝えたいことは残っていくと思っているんでね。だから、そういう意味で言うと、遺書代わりにもなってるんだなあという感じはします

とにかく、その時代、その浅草の町を想像するしかないですよね。僕は、この小説の世界の中に入って、目撃者となって、それを文字に起こしただけっていう感覚で。想像力の中で、その世界を頭の中にちゃんと作り上げることができたんです。やっと自由に物語を書けるようになったなっていう感じがしました